青い算命学

算命学に関する独善的ブログです。

青い妄想⑳・・・魄の望みを星が叶える

これまでの算命学的解釈では、陽占上の5つの星が霊魂の本能であって、この本能を発揮することで才能や役割が生まれるというものでした。
星(気)は陰陽で10あります。そのうちだいたい平均すると5~7の気を宿命に与えられています。少ない人は4以下、多い人は8以上。

その中で代表される星が人体星図に現れる5星です。これを宿核といいます。
これまでは、ここに継承された魄のこの世で実現したい命題が入っていると思ってきました。それは当たらずとも遠からずと思うのですが、5つの星の関係については、いくつかの考え方があります。

ひとつは場所でわけます。家庭の星、仕事場の星、中心の星、若い時の精神、後半の精神の星。星は霊魂と置き換えます。仕事場の霊魂→禄存星。

もう一つは五つの星の関係性から生じる解釈。止まる星、二連変化、未来→現在→過去という流れ、精神と現実との関係、まだあると思いますが、複合的な星の解釈です。
で、これらは、星が日干(心)を通して、その星なりの現実を造るという見方の中で解釈されるものです。

これは宿核の個々の霊魂の中に、魄の抱えている現実化したい命題があるという前提を成り立たせます。成り立たせるというのは、消去法でそれしかないのではと思えるという意味です。
だから、社会でも家庭でも、禄存星(回転財、愛情奉仕の精神)の本能を燃焼させる生き方をすれば、自然な、幸福な人生になりますよ・・・と。

そこで単なる思い付きですが、宿核にある星と魄を切り離して考えてみました。
宿核は変わらないというのを、魄が変わらない宿核の正体で、そこに融合されている星とよばれる気(人体星図)を別物として、主役は魄で、人体星図の星たちは、融合されて変化して、魄を具現するための働きをするのではという仮説です。
これは自分の宿命と人生を省みて思ったことです。
星が表に出ないものも含めて3つしかないので、わかりやすい例になると思います。

子供の頃の自分→賭け事→異性→占いという現実化された人生を振り返ってみると、これらの背景にある魄とは、「書きたいという本能」と「興味あることを探究したい本能」とこの二つに分類できるような気がしたのです。
上の図の「賭けるという本能」は未知なものを予見したいという、探究心の安直な具現だと思います。単なる博徒ではなく、探究心を満たす「賭ける」です。

僕のことではありませんが、この宿命の可能性として「異性に向かう本能」も異性という未知な存在に対する大いなる探究心と解釈できます。
だからたぶん、普通の恋愛や愛情とは異なる「好き」になると思います。

細かく見て行けば、三つの星の本能も加わって、そこに彩を与えているとは思いますが、継承されたという意味での、魄は、「書く」「探究する」に集約されるような気がしたのです。


三星の働きはその星らしさを発揮しますが、そこから生まれる現実は、その時その時に融合されてきた異気集合霊魂の本能とミックスされ、魄のベーシックな本能は形を変えて生きる現実を造っていくのかもしれないと、、、また変わるかもしれませんが^^
少し、視点を変えて、霊魂の働きを妄想してみました<m(__)m>