青い算命学

算命学に関する独善的ブログです。

スピ算人生論-肉体の働き

裏干支と表干支の関係を図示すると、こうなります。裏干支が流れています。

人間の誕生は、まず肉体からです。その後に霊魂が肉体に入ります。

肉体とは、裏干支を可視的にする(存在させる)時間と定義することができます。

 

肉体がない霊魂は存在できません。霊魂のない肉体は動物以下だと書かれています。

霊魂が人間にしているのですが、霊魂も肉体によって人間になっています。

相互依存的関係で、これが陰陽です。形あるものはすべて陰陽で成り立っています。

 

霊魂や心については、ずいぶん語ってきましたが、肉体もまた需要な役割があります。

実質的に、現実世界で目に見える形で行動し、活動しているのは肉体のほうです。

そこで、算命学では、肉体について、どう語られているのか、箇条書きにしてみます。

 

霊魂は無限のエネルギーであり、肉体は有限のエネルギー

人間が時間とともに歩むことになる宿命は、肉体が存在する

肉体の運動、または変化といえるものが、時間の動きと一致している

 

人間の霊魂は肉体と分離して存在することはできず、分離する時は死んでいる

雲魂というものも、肉体と一緒になるがゆえに現世において活動することが出来る

古代東洋人の宇宙観で、時間とは『天にあって時なり、地にあって人間(肉体)なり』

 

有形の肉体が現実の世の中へ生まれた時こそ、有形の時間の始まり

まず肉体が先に生まれ、霊魂を受け入れる準備をしている

人間の肉体も運命の一部だが、それは不完全な運命

 

人間の生誕の時は、霊魂が生まれた時ではなく、肉体が生まれた時。

霊魂は肉体よりも三年遅れてそなわる

占いとは、生年月日から肉体(時間)を知り、間接的に霊魂を知る方法

 

肉体の誕生は、人間が無限無形の時間から有限有形の時間に変化した瞬間を意味する

生年月日で表わされた六十干支は、肉体の構造特色であり、肉体における全宇宙

エネルギーが人間の肉体の出現によって体内に入る、そして肉体の隅々にまで宿る

 

肉体は、宇宙空間に浮遊する様々な気(エネルギー)を引きつけ、吸収する「磁石」

人間の霊魂は人間の肉体に入るまでは大自然界の気(エネルギー)に過ぎない

自然界の中には、親兄弟という人間や、生れた国という環境も含まれている

 

霊魂をつつんでいる着衣が肉体であり、肉体に入った霊魂が人間を動かす

人間の肉体は時間であり、人間は時間と空間が織りなす接点に存在している

霊魂が主人で肉体が下僕なのであり、それを取りつぐ心は執事

 

 

 

スピ算人生論-そもそも霊魂とは何?

 

一般的に霊魂というと、ご先祖様や輪廻転生や幽霊みたいなものを想像します。

算命学でいう霊魂は、死後でも生前の人格を持った霊のことではありません。

一つの塊としての霊魂が修行や浄化のために輪廻転生するということでもありません。

 

 

形あるものはすべて、形と気(霊魂)という陰陽で成り立っています。

大宇宙が形と気で成り立っているゆえに、小宇宙もまた同じ原理で成り立ちます。

形と気、この形が樹木であったり石であったり、肉体であったりします。

 

宇宙を漂う五行の気と、人間界の自然を作ったり人間を作る霊魂は別物と考えます。

また、自然を作る霊魂と人間を作る霊魂もまた別物と考えます。

ただ、元をただせば同じ自然界の気(五つの気)に還元されます。

 

自然の空間の中に存在する山や河や樹木に宿る気はある種のエネルギーです。

人間の霊魂も人間の肉体に入るまでは大自然界の気(エネルギー)です。

それらが肉体に入った時に人間個人のエネルギーになります。

 

霊魂は実在ではありません。樹木や肉体に入ることによって実在になります。

実在するものはすべて気(霊魂)と形(人間なら肉体)で成り立っています。

地上の気と宇宙の気は同じ五行なのですが・・・どこに違いがあるのか?

 

形に入っている時は、それ自体が違いです、有形、無形という違いです。

では、肉体が死んで、霊魂だけになった気で地上に残る霊魂はどうなるのか?

霊魂には違いないのですが、これを裏干支と考えてみました。

 

算命学でも「人間が時間」と書いています。有限の時間と無限の時間に分かれます。

無限の時間という言葉は、本来それ自体矛盾です。無限は時間がないことですから。

でも、あえてそういうのには意味があって、この無限は永遠ではなく、無の時間です。

表干支と裏干支を五行別に対比させて書かれています。

表干支は動的な時間(有限の時間)です。裏干支は静の時間(霊魂の時間)。

木性は陰陽で異なりますが、時間の「子」は共通です。

 

これが人間が時間という意味だと解釈してみました。

人間が生きるってことは、動的時間の裏側に静的時間があるという解釈です。

車とは何かを語れないのと同様に、人間とは何かを語れないのはこのためでしょう。

 

例えば、人間が単に動的時間であるなら、これは一つの答えになると思います。

しかし、人間は動的時間であるとともに静的時間も含まれています、というと?です。

この二つをつなげて人間をイメージすることはできないでしょう。

 

そこで、この二つをつなげる別の要素が必要になってきます。それが「心」です。

人間とは動的時間と静的時間を調和させる「心」という存在です。

実在の人間とは異なるイメージですが、これが人間だと算命学は語っています。

 

 

 

 

スピ算人生論-命式の10干と霊魂の関係

空間とはこの陰陽五行のことです。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸という符号で示されます。

五行には本性、本能があって、それも陰陽でイラストのように10種類に分けられます。

占いでは主に「日干」(現実を作る主役)について、この本性本能をあてはめます。

 

日干甲なら、あなたはまっすぐに育つ樹木のように、直進する傾向があり・・・云々。

日干乙なら、あなたは草花のように柔和な性格で、忍耐強い努力家です・・・云々。

これは、シンプルながら案外その人の基本的な人間性を言い当てています。

 

10の空間を十方世界といいます。仏教用語ですが、世界のすべてのことです。

10干がこの世界のすべての要素ってことです。空間とはすべてを作る要素です。

通常の算命学ならこれでいいのですが、これまで話してきた霊魂との関係は?です。

 

全ての存在が10干で成り立っているとするなら、霊魂もまたこの範疇に入ります。

それなら、「甲」にはそれにふさわしい霊魂が宿ると考えてもいいように思います。

梅にウグイス、花に蝶・・・霊魂と10干には引き寄せの法則があるのではと思いました。

 

算命学では霊魂は肉体が誕生してから3年かけて、自分の環境の宿核を作ります。

宿核とは、一生変化しない、その人が継承すべき役割を持った霊魂群です。

その後肉体(干支)は人生の歩みと共にさまざまな霊魂を引き寄せて融合します。

 

干支誕生の瞬間に裏干支とのバトンタッチが3干支全部で行われると考えてみました。

すると、3つの流れを継承することになって、これは人間としての役割霊魂です。

これは必然的に定まっているものですが、そこに加わるのが個人的霊魂です。

 

生まれた時の地域環境(国、風土、言語、人種等々)が必然的霊魂です。

十方世界はすべて気(霊魂)で成り立っているので、そうした情報を取り入れます。

それに加えて、親先祖兄弟などの個人的情報を持った霊魂も宿核を作ります。

 

 

これはちょっとやりすぎかもしれませんが、イメージとしてはこんな感じです。

宿核は生まれた時の環境の気を取り込みます。両親や兄弟は必須です。

祖父母が居なくても、両親や兄弟の中にすでに含まれていてそれも入るのでしょう。

 

霊魂の種類はともかくとして、気に霊魂が宿ることは算命学的真理です。

十大主星とは霊魂の本性を表したもので、日干と他の干との間から生まれます。

他の干には霊魂が宿っているわけですから、算命学は霊魂を扱う占いです。

 

 

 

スピ算人生論-表裏の干支が人間史を作る

人間が死んだ時も生まれた時と同じように表干支と裏干支の変換が行われます。

この時もバトンタッチするのは、十二支(時間)です。乙子は裏干支の世界です。

静というのは中庸のことで、無でも不動でもありません。「静」としてある。

 

真ん中の動的「今世」とは人間の世界です。人間だけ?が動的世界を作っています。

もし、人間の今世がないとしたら、宇宙は裏干支で均衡していることになります。

人間単位で観ると表干支が必要な主役になりますが、本当の主役は裏干支?かもです。

 

人間は何らかの意味があって、それを形として現存させ動かすという立場にいます。

裏干支の作る均衡した秩序に対して、人間はアンバランスな時間を生みだす役割です。

もともと自然や宇宙とは異なる働きを課せられているのが人間です。

 

 

裏干支を乱雑にイメージしましたが、実際は混沌という秩序があるのかもしれません。

そして、干支の一つ一つは前世の記憶があるのですが、どれもみな断片的です。

それが人間誕生の瞬間に、秩序立てて並ぶのではと推測してみました。

 

甲寅という干支誕生の瞬間があったとすると、甲卯-癸寅・・・とその瞬間に整列する。

甲卯-癸寅-壬丑・・・という裏干支には前世の記憶が刷り込まれています。

これは自分の先祖とは別に、人間として脈々と伝わる前世からの役割です。

 

今思いついたことですが・・・霊魂は3種あることになりますね。。。。。

①裏干支からの前世的役割 ②自分の親先祖からの先祖因縁 ③新たな魂の役割

人間が生きることの意味はこの3つと置き換えてもいいのかもしれません。

 

言い方を変えると、自分の意志で人生を生きていると思っても、実は・・・

①~③のどれかの道を生きている・・・どれかの霊魂が生きている?!

どこにも属さない、人間主役の人生は困難と挫折を生むと考えてみました。

 

 

 

スピ算人生論-60干支だけが干支ではない→裏干支の意味

もともとあった五行説と陰陽説が合体して陰陽五行が生まれました。

一方で12支は木星の運行から一年を十二区分する時間表示として作られたものです。

まったく別々に作られた陰陽五行と12支が合体することで干支が成立しています。

 

干支(かんし)の干は、陰陽五行の10干のことで、これが10の空間を表します。

十二支は時間のことで12の時間区分を示す符号です。

10干と12支を組み合わせると、120通りの干支が生まれます。

 

干支は時空間を表す符号です。ここから暦術が生まれたように干支は時空間区分です。

西洋では、時間は単なる時の推移ですが、東洋では空間の推移が時間です。

時間を「空間」という概念で表すことは、東洋思想の最大の特徴です。

 

時間は前にしか進みません。人間時間も未来を目指して進んでいました。

10干と12支の組み合わせで前進するものだけを取り出します。

-×-=+ +×+=+。算命学では陰陽の静・動を掛け算で判定します。

 

甲(陽干)と陽支(子)、陰干(乙)と陰支(丑)という組み合わせが干支です。

陽干(甲)と陰支(丑)、陰干(乙)と陽支(子)という組み合わせは使えません。

+×-=- -×+=- 「-」は中和された状態で、動的エネルギーにはなりません。

 

組み合わせてプラス(前に進む)エネルギーになるものが60干支です。

これを表干支とすると、陰陽で動きのない干支は、裏干支と呼びます。

60の表干支と60の裏干支。これも陰陽となって、時空間が成立しています。

 

人間が誕生する瞬間を干支で解釈したものです。裏干支と表干支がつながります。

人間誕生が「甲子」の場合、壬亥→乙子と並ぶ裏干支が体内で甲子と連結します。

この流れをみると、裏干支=霊魂と考えていいように思います。

 

裏干支=「無現前世」と書かれていることに注目! この意味は壮大です。。

人間の誕生も、今生の人生も、無限の前世の連なりから生まれています。

この仕組みは、前世ー今世だけでなく、今世の「過去ー今」にもあてはまります。

 

子ー子と時間がダブっていますが、霊魂から前世への切り替わりを示しています。

空間は乙→甲と変化しています。時間は空間に付随してあるものと考えます。

裏干支を霊魂の姿とすると、前世と今生のつながりを干支でみていることになります。

 

 

スピ算人生論-現実は本当にあるのか?

人間を極に3つの陰陽があります。ここに男(陽)女(陰)を加えてもいいでしょう。

そこで「人間とは何か」という問いの答えを探そうと思ったら・・・

肉体と霊魂も答えだし、男と女も答えだし、時間と空間的存在も答えになります。

 

ということは「人間とは何か」という問いに対して、明確な答えはないともいえます。

これは人間に限らず、「〇〇とは何か」というすべての答えが明確にはでてきません。

車とは何か⇒ガソリンや電気のエネルギーで機器が作動し、人間が運転して・・・

 

車とは何かを答えられなかったとしても、これらの絵をみて「車」と答えは出せます。

でも、「車」とはという問いには一つの正解は出てきません。これはどういうことか?

実在するのは「車」であって、描かれている目に見える車はその仮象にすぎない?

 

古代からこれに類似した考え方は、陰陽説だけでなく、たくさんあります。

プラトンイデア論なんかはその代表でしょう。

現実に実在するのはイデアで、人間が認識する対象や世界はイデアの似像にすぎない。

 

イデアは古代東洋でいうところの神の意志、自然の法則、五行の世界です。

陰陽説でいえば、極が実在で、現実に現れている車は陰陽の相対的存在物です。

「確かにある」のは目の前のものではなくて、神の意志のほうです。

 

 

樹木という存在は人間が表出する時間によって生まれた仮象ってことです。

ほんもの(イデア)は五行の「木性」のほうです。

ここでいう人間はBさんでもよくて、となると、樹木はBさんの樹木になります。

 

こう考えていくと、すべての存在の背景にあるのは、神の姿である五行ってことです。

算命学は現実の背景にある神の摂理(陰陽五行)を解読することができる理論です。

人間が幸福になるため、成功するために作られた占術ではないだろうと思うのです。

 

算命学は誕生時の3つの干支によって、すべてが占えるようになっています。

人間とは、実在するAさんBさんではなく、3つの干支なのだとも考えられます。

「人間とは」、「人生とは」を解くカギは干支の中にあるといってもいいでしょう。

 

 

 

 

スピ算人生論-五行(陽)と時間(陰)

ここまでは、五行と配置図にこだわって、自然と人間の違いをみてきました。

この時に平面五行と立体五行を一つにする作業で、陰陽という概念が使われました。

神の意志を陰と陽に分けるという考え方です。陰と陽を合わせると、神になります。

 

陰陽説は五行説とは別に成立していたようだと、高尾先生も推論で書かれています。

陰陽説は五行説にも入り込んで、陰陽五行という新しい世界を生みました。

そこから、暦術や占術(算命学)が派生的に生まれてきました。

 

この陰陽説も五行説と並んで、算命学を理解する上で重要な理論になっています。

人間は、生(陽)と死(陰)という陰陽の世界の中で存在しているという理屈です。

有形の世界には必ず陰陽があって、陰陽が存在を可能にしているということです。

 

何かが有るという背景には必ずない「無」が含まれています。有が陽、無が陰です。

人間を一極にすると、これまでみてきた五行は「空間」を作る陽で、時間は陰です。

時間は人間では肉体を作り死が陰です。五行は空間で霊魂を意味して、生を作ります。

 

「空間」というのは東洋独特の考え方で、いわゆるひろがりのある空間ではないです。

空間とは五行のことで、五行は神の姿です。神とは存在ではなく自然の法則です。

その見えない五行(神の意志)を見えるようにしているのが、時間です。

 

といって、時間は外側を流れるエネルギーではなくて、内側から生じる何かです。

人間世界でいえば、空間を現実にするのが時間だとして、それは人間がすることです。

人間という総括的なものではなく、時間は個人的なものかなと想像します。

 

空間(存在の元)を人間が存在物にする(現実を作る)

その時に、表出されるエネルギーが時間と呼ばれるものではないのか?

まったくの個人的思い付きですが、気に入っています^^