平面五行というのは、地上における自然の分類です。
古代人が自分が居る世界を見渡して、そこにある自然から5つの要素を感じ取って、それを法則的に解明したものです。
この五分類には「人間」は入っていません。
平面五行には「天(神)」も図示されていません。
これを文章にすれば、平面五行の世界(自然の世界)では、人間も自然の一員であり、神は自然そのものだった時代です。
人間の中にも神が宿り、春に花が咲き、秋に実るように、人が生きられた時代があったのだと思うのです。
平面五行と立体五行と占術の紐づけは原典にあったものです。
平面五行を使った四柱推命などは、自然の中に人間をおいて、算命学以上に陰占(自然の要素)と人間を比して、占いが成り立っているように思います。
人間は自然の一員ゆえに、占いで有り様がわかるってことです。
算命学もそうですよね。立体五行を使っていても、自然観は占いの原点になっています。位相法や守護神法や中庸を重んじる技術はまさにです。
星の呼び名は違っていますが、三柱のたて方など、四柱推命と同じです。
異なるのは「時間柱」の扱い方ですが・・・
算命学でも「時間」は随所に出てきますが、それは現代の時間とは違うものです。
自然から生まれた算命学という意味では、古代人には時間を単位とする感覚がなかったということです。
古代人が感知できる時間は、日が昇り陽が沈みという一日が最小単位です。
今でこそ時計がありますが、いわゆる「何時」という時間は、自然の概念にはないのだと思います。
平面五行と立体五行に、自然と人間という対比を重ねてみると、古代と現代の違いが浮き彫りになって来て、そこに、人間の問題が(同時に占いの問題も)、みえてくるように思います。
二つの五行図からわかる自然と人間の違いは、中心の有無です。人間世界を占う時には、人間が中心に来ます。
そして、昨日の最後にあったように、「人間とは支配者であると考えた方がより理解できる」と高尾先生は書かれています。
自然と人間とが乖離してきたことの、最初の原因がここにあるように思えるのです。