青い算命学

算命学に関する独善的ブログです。

スピ算人生論-検証 主星調舒星の有名人①

検証のポイントは、目の前の現実を離れた別空間から発想が生まれる。
子供時代に、家族や仲間から浮き上がる存在になる。アウトサイダーの位置。
霊魂継承的な意味合いはあるが、現実の関係性からは読み取りにくい。

生家環境という意味では、精神性の高い環境のほうが生きやすい。
既存にない新しいものを創造する。本業の他に創造的な趣味を持ったりする。
言葉での表現は誤解を受けやすい。別の表現方法を使う。

 

高校生時代はバスケットボール部に所属して打ち込んでいた。部活動を引退した頃、とある芸能事務所からスカウトを受けたことを家族に話したところ、偶然賀来家の家族写真を見た現在の事務所のスタッフから「この子(賢人)に連絡が欲しいと伝えてください」と名刺を渡され、預かっていると知らされる。もともとドラマを視聴することが好きだったこともあり、興味を抱いた賀来が自ら連絡をとり事務所に所属。芸能活動を始めた。

タイミングが良すぎる話ですが、導きがあったと思える「偶然」です。

小学校から高校を卒業するまでの12年間を、男子校で過ごしたせいか、「普通なら色気づく時期になっても、“カッコつけなきゃ”みたいな発想は微塵もなくて。誰もが、いかに仲間内で“笑い”を取れるかに必死でした。12年間、“面白い奴が一番強い”って信じてた(笑)」という青春時代を送っていた中で、テレビドラマ『木更津キャッツアイ』を観て、「お芝居という認識がなく見ていたんですけど、単純に楽しそうで。こんな楽しそうなら入ってみたい」「ああいう現場に自分もいたい」「これなら自分にもできるかもしれない」というシンプルな動機で役者を志した。

テレビドラマをみていながら、テレビのドラマという認識ではなく、「ああいう現場に自分もいたい」「これなら自分にもできるかもしれない」という発想が空間移動する調舒星的です。現実を自分勝手に認識するという意味でも、調舒星は極めて個人的な星です。その発想がそのまま実現するケースでは、この星の霊魂性が顕在化したと考えられます。

演技や芝居そのものに興味はなく、それよりも自分が演じた役で誰かが腹を抱えて笑ってくれることにモチベーションを感じるため、出演する作品自体も『今日から俺は!!』や『木更津キャッツアイ』のような「何も考えずに観れた」「腹抱えて笑った」といった反響がもらえるような陽のオーラのあるコンテンツに関わっていたいと明かしている。

人を笑わせる、楽しくするというのが霊魂テーマの一つだったと思われますが、霊魂を正干で取ると父系母系どちらともいえないケースが出て来ます。特に調舒星は環境の影響や継承的な意味あいよりも、本人の直感的な霊魂アクセスなので、先祖の特定にはこだわらなくてもいいのかもしれません。

試行錯誤中ですが、正干で取る霊魂対象を月干支という狙いで「月干」も加えてみました。これでみると、母系が3つで月干支が成立しています。ただ、名のある先祖という意味では父系の「賀来家」に有名人がいます。調舒星に絞れば、近い父の母でしょう。

2人兄弟の次男。女優の賀来千香子は父方の叔母。賀来家のルーツは大分県にあり、祖先の賀来惟熊は地域経済の発展に貢献した実業家で、幕末に民間初の鉄製大砲を作り上げた人物である。新型コロナウィルスなど感染症研究者の賀来満夫も親族にあたる。

「“面白い奴が一番強い”って信じてた」という青春時代のテーマは芝居でも活かされていて、インタビューでもそこへのこだわりが強調されています。自我薄に加え、自在に変身できる天剋地冲と干合の組み合わせもあって、影響を受けた先祖はわかりませんが、面白さにこだわることが役割の一つだと思います。
また、主星調舒星らしい、他者の理解を越えたエピソードとして、次のような記述がwikiにありました。

日本テレビの情報番組『バゲット』にて、白いTシャツを150枚所持しているのに、未だ理想とする白Tシャツに出会えていないことを明かしている。

 

生後3ヶ月で田無市から長野県豊科町(現・安曇野市)へ、その後、4歳の時に池田町に引っ越し、それから高校卒業まで池田町で過ごす。
引っ越した理由は、父が「東京で子供を育てたくない」ということだった(長野県は父の故郷でもある)。
長野県大町高等学校卒業後、大学進学のために上京。入学から数ヶ月経って、原宿で1人で買い物をしているところをスカウトされ、在学中に芸能界入り。
引っ込み思案で争いごとが嫌い。堅実で安定志向。かつ、のんびり屋。非常に、おっとりした性格である。
兄がいる。習い事は、4歳でピアノを始め、小学生時代は1年で水泳、2年で書道、3年で公文式、5年生で英会話、6年生で河合塾の夏期講習に通っていた。プロフィールでも特技をピアノとしている。
よく「理想のタイプは公務員」と発言している。ちなみに乙葉自身も「町役場の受付」「図書館の先生」といった地方公務員になりたかったという。

命式をみると母干がなく、父干も場所で取るようになっています。人間占いでは縁が薄そうに見えますが、実際はそういうことではありません。霊魂視点でいえば、もっとポジティブに、母の場所(年支本元)と父の場所(年干本元)の霊魂を両親に埋め込むためです。日干から見れば、個人的な人間性とは別に、父、母いう役割を受け入れやすくなり、素直に両親に従うことの方が多いです。個別的なジャッジがないので、霊魂的な影響は自然に「父」から「母」から受けます。
乙葉さんも父の自然に育てるという想いを受け継いで、自然体で生きることが身についています。
また、主星と南の調舒星に対して日月の「害」の影響もあると思います。環境に逆らわない(自然体)、一方で自分の感性を大事にするのは、調舒星も害も両立します。
趣味としてピアノ、書道、着物の着付けなど、調舒星+害を活かす活動をしています。のんびり見えても、人の気が付かないものに気が付く感度の良さがあります。
こうした仕掛けも霊魂から受け継いだ目的を活かすために与えられているという観点も持ってみたいと思います。

場所干という意味では「庚」ですが、これはもともと父の正干、母がいないために場所干ですが、ここに宿る霊魂はそのまま「父」となって、「庚」は先祖をたどれば、父の父の母の母です。
父の故郷である長野県に対する郷土愛はかなりのもので、NTT東日本長野支店のCMで「信濃の国」を歌っています。文章を書くことも趣味だそうで、毎月の最終月曜日に、出身地である長野県の地方紙信濃毎日新聞にコラム「乙葉のオトハチックに」を連載しています。父の霊魂のふるさと長野ととらえると、納得できます。 

女優、タレント、CM出演等の活動中に実父が病床に伏せる。仕事こそ続けたが心配から憔悴は見てとれるほどであった。「笑っていいとも!」で共演した関根勤乙葉と藤井を引き合わせ、親しくなり始めた時期であった。藤井は父の容態を心配する言葉を口にする乙葉の聞き役に回り、励まして支えた。その後、父は死去。乙葉の精神的なダメージは大きかったが、藤井が献身的にサポートしてくれたことで助けられ、結婚を意識するほど惹かれたという。

こういう成り行きをみると、結婚相手も父が導いたのかもと思いたくなります。
また、主星調舒星らしい、現実を越えたポジティブシンキングという意味では、次のようなインタビューがありました。

例えば、こちらが明るく挨拶したら、店員さんが”ポイントたまりますよ”と優しく教えてくれたり。バスの運転手さんにお礼を言ったら、”お気をつけて”と返してくれる、”よくこちらでお買い物されていますよね”と覚えていてくれる……そんな小さな会話のキャッチボールが楽しいんです。知らない人とのコミュニケーションは日常の楽しみのひとつ。”今日も楽しい気持ちをもらえた!”と振り返りながら帰路についています(笑)」
「もちろん疲れていたり悩みがあったり、外に出るのが億劫な時は、そんなふうに感じられないこともあります。でも必ず背中を押してくれる存在があるんです。それはテレビドラマや友人だったりするんですけど、いいドラマを見るだけで、世界が輝いて見えることってないですか? ドラマの主題歌を聴きながら外に出るだけで気持ちも上がります。友人も引っ張ってくれる人が多いので、一緒にクヨクヨするのではなく、前向きな提案で気持ちを立て直してくれる。いつも感謝しています。

現実はただのよくある日常生活ですが、主星調舒星はそこから、自分の世界を輝くものにできます。

 

子供の頃住んでいたのは浅草。東京都品川区の団地で育つ。芸能界入りの動機は子どもの頃にドラマ『西部警察』を観たことで、石原軍団を目指していた。しかし「食が細いので無理だと思ったから」と、石原軍団を諦めジャニーズに入る道を選んだ。自身のソロ曲のほか、V6や20th Centuryの楽曲の作詞・作曲をよく手掛けている。
1988年、12歳でジャニーズ事務所に入る。1995年、V6のメンバーとして『MUSIC FOR THE PEOPLE』でデビュー(当時19歳5ヶ月)。2001年4月から2006年3月まで、フジテレビ系列の子供向け番組『ポンキッキーズ21』→『ポンキッキーズ』のMCを5年間担当。
2006年から2017年まで毎年放送された『警視庁捜査一課9係』に、浅輪直樹役で出演。2018年の続編『特捜9』から主演。

ドラマを見てその気になってというのは、賀来さんと同じ、主星調舒星の現実無視の空想的思いからの出発です。食が細かったからと書かれていますが、実際はテレビ番組で次のように述べています。

幼少期に「西部警察」という刑事ドラマが好きだった井ノ原は、「お巡りさんになりたい」と言っていたという。だがそれを知った父親から実際の警察官はドラマでやっているような銃撃戦などはできず、それがやりたいのならば芸能人にならなければいけないと言われ、児童劇団に入ろうとするも、所属するにはお金がかかることが判明。結果、お金のかからないジャニーズ事務所を受けたのだと話した。

お金がかからないとあるように、生家は裕福ではなかったようで、特に父は厳しい人だったようです。
月支本元に母の正干で母の血を受け継いでいますが、話に出てくるのは父のほうです。むしろ、あまり語りたがらないという印象です。
○○が欲しいと父に言うと、自分で作れといわれることが多く、調舒星の創作力が刺激され、ものつくりが趣味だと語っています。霊魂的にはなんともいえませんが、間接的にはジャニーズ事務所にしろ、ものつくりの能力にしろ、父の影響で動いています。もしかすると次の調舒星の好み(丙剋庚)は母系かもしれません。
ミシンや工具を多数所有。椅子や棚を作る。すぐに人にあげちゃう。理想の家の建築模型を作るのが好き。薪ストーブを愛用。ピザや焼き芋を作る。香りが好き。お香、アロマオイル、アロマキャンドルを多数所有。動物の皮でブレスレットなどを作る。園芸、盆栽、ガーデニングが好き。